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文化を知る

元野球選手が不動産業界という新たなフィールドへ。開発事業部マネージャーが語るセカンドキャリアストーリー

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学生時代からプロ野球選手を目指し、BCリーグで3年間活躍した後、2021年に入社した須藤優太さん。オープンハウスに入社するまで「野球以外のことを考えたことがなかった」と言うほど、スポーツひと筋の人生を送ってきたそうです。須藤さんがセカンドキャリアを歩み始めた経緯から、開発事業部に所属しマネージャーとして活躍するまでのストーリーに迫ります。
(2024年6月に取材)

記事サマリー

  • 野球から不動産営業へ転身。ビジネススキルはゼロからのスタート
  • 野球とオープンハウスの共通点は「成果主義」であること
  • 営業は人間力が試される。営業成績が表すのは得られた信頼の数字

この記事に登場する人

  • 須藤優太

    2021年入社。学生時代からプロ野球選手を目指し、2018年に福井ミラクルエレファンツ※入団。2020年からは神奈川フューチャードリームスでプレーし、同年に引退。オープンハウスでは営業本部を経て、開発事業部に異動し、現在はマネージャーを務めている。
    ※2022年限りで球団は活動休止

野球引退後、不動産営業マンとしてゼロからのスタート

―現役時代から引退、オープンハウスへの入社を決意されるまでの経緯をお聞かせください。

小学校の頃から17年間の野球人生でしたが、ずっとプロを目指してきて、現役時代は野球以外に目を向けたことがありませんでした。大学卒業後、プロ野球の独立リーグである「BCリーグ」に3年間在籍し、2018年から約2年間、福井ミラクルエレファンツに所属、2020年から約1年間、神奈川フューチャードリームスに所属しました。BCリーグに在籍する若手の選手は、いわゆる日本のプロ野球「NPB」に行くことを目指しているケースがほとんどで、もちろん私もその1人でした。

引退したのは24歳のとき。私は守備範囲の広いセンターのポジションだったのですが、NPBではすぐにでも活躍できる即戦力の選手が求められるなか、そこで通用するほどの能力値が自分には不足していました。ここからプロに行って活躍するのは年齢的にも厳しいと判断し、監督とも相談したうえで引退を決めました。

自分としては、野球は精一杯やりきった感覚があったので、変に引きずることはありませんでした。ただ、プロになれなかったぶん、セカンドキャリアでは絶対成功したいという意欲はありましたね。

―現役生活と並行して、一般企業の面接を受けていたのでしょうか?

引退後を見据えて動いてはいましたが、面接を受けたのはオープンハウスだけです。引退を間近に控えた時期、オープンハウスがBCリーグの選手向けに開いてくれた企業説明会に参加し、アンケートに「興味があります」と答えたところ、後日、面接の連絡をいただきました。正直、オープンハウスについては名前しか知らず、不動産業界に関する知識もゼロ。「チャンスをもらえるなら全力でやるしかない」という思いだけを胸に、面接に臨みました。

―これまでの環境と大きく変わりますが、面接時には企業で働くイメージが付いていましたか?

正直、イメージはあまりなくて。面接を受けても受からないんじゃないかなと思っていたくらいです。学生時代から、勉強ができたり、人と話すのも上手だったりする周りの人を見て「社会に出てビジネスで成功するのはこういう人たちかな。自分がやれるとしたら野球しかないな」と思っていましたから。本当に野球以外のスキルに関して特筆するものがなかったんです。

オープンハウスの面接では、厳しい意見をいただいたこともありましたが、2回目の面接を担当してくださった面接官の1人が「あいつは絶対やれる」と期待をかけてくれたみたいで。内定をいただけたのは、その人の後押しが大きかったと思うので「その期待に応えられるよう一生懸命頑張ろう」と覚悟が決まりました。

―入社前と入社後で、オープンハウスのイメージが変わった部分はありますか。

入社する前は、周りの野球仲間から「すごく厳しい会社らしいよ」と言われていました。不安も大きかったものの、入社後の実感としては、確かにハードな環境ではあるけど想像していたほどではないというのが正直なところです。どの世界でも「努力することが成功に近づく」と言われますが、私の場合は、野球でどれだけ努力をしてもなかなか結果につながらない時期が長かった。それに比べて、今の仕事は頑張れば頑張ったぶんだけ、結果がちゃんとついてくる。だから、自分が想像していたよりもきつい環境ではないと感じているのかもしれません。

見よう見まねで実践しながら、自分の営業スタイルを作り上げた

―想像していたほど厳しくなかったというお話でしたが、未経験の状態で入社されて、苦しかった時期はありましたか?

最初の半年間は苦しかったですね。なにせ、パソコンを触ったのもほぼ初めてで、起動の仕方も分からない状態。電源ボタンではなく、エンターキーをひたすら押した後、「このパソコン充電されていないです」とトンチンカンなことを言ったこともありました(笑)。

上司には、パソコンスキルやビジネスマナーといった社会人としての基礎の基礎から徹底的に仕事を教わりました。例えば、毎日の日課として膨大な数のメールのやりとりを行いますが、はじめは1通ごとに、上司に必ず確認をしてもらっていました。自分の仕事をしながら部下の仕事の細かいチェックまでこなすとなると、業務量が膨れ上がるだろうに、本当に手取り足取り指導してくれました。厳しい上司でしたが、それだけ手間をかけて育てようとしてくださったのだと感謝しています。

―開発事業部の営業担当として、土地の仕入れ営業が主な業務になりますが、入社当初の成果はどれくらい出ていたのでしょうか?

入社後の半年間に取れた契約はわずか2棟です。自分の営業スキルの弱さを感じたので、仕事ができる同期や先輩に手当たり次第にお願いして、商談に同行させてもらいました。「こういう言い方をしたら、相手はこういう反応をするんだ」と営業のノウハウを真横で見せてもらい、それを丸々インプットして、真似することから入りましたね。徐々に「自分だったら違う言い方をしたほうが説得力があるな」とアレンジを加えて、自分らしい営業スタイルを作り上げていきました。

―須藤さんらしい営業スタイルとは、どのようなものですか?

お客さまを訪問する際に、いかにもビジネス的な話はあまりしないようにしています。お互いのパーソナルな部分を知るなかで、親しみを持っていただくことが営業の肝だと私は考えているんです。お客さまの中には野球好きな方も多いので、仲良くなるきっかけづくりといった点で、野球の経験が生きている部分もありますね。

その甲斐あってか入社1年目の契約数は43件まで伸び、クオーター(四半期)の開発事業部のプレーヤーの中で1位を獲ることもできました。初めて表彰式で名前を呼ばれたときは、本当に嬉しかったですね。それを機に、マネージャーに昇格しました。

マネージャーとして部下の個性を活かしたチームづくりに励む

―2年目にマネージャーに昇格されたとのことですが、マネジメントや部下への接し方について、どのようなことを心がけていますか。

チームは、私を含めて現在3人です。部下が入れ替わることもありますが、人によって個性や目指している方向が異なるので、まずは話をよく聞くようにしています。

野球でもチームが“勝つ”という共通した目標がありつつ、プレーヤーごとに個性があり、ポジションの適性や、自身が目指している姿が異なりますよね。それと同じで、チーム全体の目標はブレないように示しながらも、それぞれの個性を活かすやり方を模索するのが、私のマネジメントスタイルです。より上を目指したいと思っている部下に対しては、いつまでにどうなりたいか明確なビジョンを描いてもらい、そのうえで徹底的に数字を追求してもらいます。

―マネージャーとしてやりがいを感じるのはどのようなときでしょうか。

部下の数字が上がってきたときはやりがいを感じます。部下が案件を見る角度と、私たちマネージャーが案件を見る角度は異なります。部下が「まだ見込みがない」と思っている案件でも、アクションを起こせばすぐに数字につながりそうなものもある。なので、部下が抱えている物件を私も細かくチェックし、初動の段階からケアできるようにしています。そのように、「いかに機会を逃さないか」を見定めるのもマネージャーに求められる仕事だと思うので、その結果として部下が数字を獲得できたときは私も嬉しいですね。

―入社3年目を迎えた須藤さんが現在目標としていることや、その先に描いている夢や展望を教えてください。

私は、入社時に「3年以内にグループ長になります」と宣言しました。これをまだ達成できていないので、歯がゆい感覚があります。今年度中にグループ長に昇格することが、現在の最たる目標です。加えて、自分が活躍し続けることで、面接時に自分を拾ってくれた上司たちに恩返ししたいという思いもありますね。

営業成績は「あなたに任せれば大丈夫」という信頼の数字

―17年間の野球人生で培った経験や考え方が、オープンハウスでの仕事や姿勢に活きていると感じたことはありますか。

野球とオープンハウスの共通点は、どちらも「成果主義」であることです。学生時代はもちろん、BCリーグでプレーしていた時代も、満足のいくパフォーマンスができなければひたすら練習に明け暮れていました。ただ、試合で結果を出さなければ、その努力は何の意味も持たなくなってしまう。そういう苦い経験を繰り返してきたからこそ、オープンハウスでの仕事への入り込みも早かったと思います。結果にあと一歩届かなくても、そこで萎えずに切り替えるマインドも形成されていたように感じますね。

―須藤さんが考える、オープンハウスの「よいところ」とはズバリどんなところですか。

人間的に成長できるところですね。オープンハウスの商材は土地や物件であり、動くお金も大きい仕事です。人間的な魅力がなければ、お客さまからパートナーとして信頼されることもないと思うので、営業成績は「須藤君に任せれば絶対に大丈夫」と信じていただいている信頼の数字だと捉えています。オープンハウスで働くなかで人間的な魅力が磨かれ、その結果として成果が付いてきている。そんな感覚が個人的には強いです。

―今後、須藤さんのように異なるフィールドで活躍していた方が、オープンハウスでゼロから社会人生活を始めることもあると思います。そういった方が活躍するためには、どのような心構えが必要でしょうか。

自分に照らし合わせて言うなら、最初から仕事に必要な能力がなくても「オープンハウスで成功したい」と心の底から本気で考えられる人は、うまくいくと思います。

そのうえで明確な目標を持つことが大事だと思います。上司から厳しいことを言われてヘコんでしまったり、努力が実らずなかなか成果が出なかったりしても、「自分はこうなりたい」「オープンハウスで何かを成し遂げたい」といった明確な目標があればブレません。そんな芯の強さを持ちながら、必要な意見は取り入れる素直さや柔軟さも備えているといいですね。

さまざまなバックグラウンドの人材が活躍するオープンハウス

「野球をやりきった実感があるからこそ、今でもプロ野球を見て白熱します。選手たちの姿を見て、自分も別のフィールドで頑張ろうと思えるんです」と話す須藤さん。須藤さんのようにビジネスとは異なるフィールドに身を置いていた人でも、目標に向けて貪欲に頑張れる意欲と熱さがあれば活躍できる環境を、オープンハウスは用意しています。